展示を終えて

 

 

 

 

 

「あなたの写真はもっとパブリックな場へ出した方がいい」

 

そもそも展示をしようと思ったのは

言われた言葉がずっと残っているからだった。

 

いまの自分があるのは他ならずその人の存在があったからで

強烈な印象を残したまま消えた。

 

 

展示はした。

知らない世界に足を踏み入れ

知らないことがたくさんあることを知った。

今の自分にできる限りのことをして

その上で課題を見つけることができた。

自分の写真を観て楽しんでくれる人がいることを感じた。

たくさんの人のおかげで展示ができ

自分の写真の可能性を見出せた。

この上なく貴重な経験ができた。

 

 

だからなんだというのか。

 

 

来てくれた人たちへの感謝の気持ちが浮ついて

自分の言葉や考えが軽々しいと感じてしまうほど

焦るような悔しいような

無力感のようななにかがある。

 

 

素直なところ、観て欲しかったのは

他ならず一番の動機になったその人であり

たとえ僕が美化して記憶していようと

ありとあらゆることを踏まえても

美しいことに変わりはなく

それはもう腹立たしいほどに覆せない。

 

 

この気持ちをいったいどうすればいいのか。

先へと進んでいるはずが

何度も何度も同じところへ戻ってくる。

これをいったいどうすればいいのか。

これはいったいどうすれば軽やかなものになるのか。

この気持ちが穏やかなものになるには

何をすれば良いのか。

 

 

やはり、撮り続けるしかないのかもしれない。

 

撮って、プリントして、言葉を考えて

僕を知る人が誰もいないところで展示して

こんな写真を展示するなんて、と罵られようと

これをしないと僕は先へと進めないと

子供のように駄々をこねるしかないのかもしれない。

 

ひとりの人を忘れられないなんて

個人的すぎる写真を掲げていいんだろうか。

いや、良いも悪いもないのかもしれない。

 

 

いよいよ僕は丸裸になり

恥も外聞もなく最も知られたくないことを

言わないといけないのかもしれない。

 

自分が一番認めたくないことを

信じたくないことを

言葉と写真にして表現しないと

進めないのかもしれない。

 

 

もういない、終わったこと。

先へと進みましょう。

だからといって

消えてなくなるわけじゃないんだよということを

認めないといけないのかもしれない。

 

 

まだ胸の内で生き続けていて欲しい。

忘れたくない。

 

でももう、手放したい。

最も今の自分に素直な写真を撮って形にして、進みたい。

 

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想像もつかないこと

 

 

 

 

 

 

「想像もつかないことが起こるのね...いつか私達も死んでね...」

 

ホームへ電車が来る直前、柔らかい物腰で白髪の美しい老齢の女性が一歩先を歩く腰を曲げた男性と話している会話の端だけ聞こえてきた。

その続きは電車が入線する音に消されて聞こえなかった。

 

思うに、言葉通り想像もつかないことが起こったのだろう。そうしたことは僕にも経験があるし、また誰しもそうに違いない。

いつか死ぬまでの間にたくさんの「想像もつかない」ことが起きて想像の範疇を越えてゆく。

 

 

 

僕がたびたび生きてしまう空想の世界はせいぜい僕が想像できる世界であり

どんなに奇天烈なことが起きたとしてもそれは自分が想像し得るものでしかないから現実世界で起きるような自分の想像を越える出来事は起きえない。

 

なら、目の前で起きる現実の出来事...

自意識の介入余地がない、いまここの世界を生きていく方が他者の分け入る隙間がない自分の世界で生きるよりも多くの発見や喜びに満ちているのかもしれない。

 

 

人生はコントロールできるという妄想から自由になり

コントロールせずとも、他者と自分と手を取ってダンスするように生きられればより自分の人生に納得がいくのではないだろうか。

 

 

 

白髪の女性と腰を曲げた男性は僕と同じ列に並び、同じ車両に乗った。

席はほぼ埋まっており、男性の隣に僕が、そのはす向かいに女性が座ることになった。

それから立ち上がり、どうぞと身振りで示すと女性は

「すぐ降りますから、大丈夫です、大丈夫です」

と話すも僕は折れず、どうぞ、と交換することにした。

女性は「ありがとうございます」と

穏やかな笑顔で話して男性の隣に座り、僕も空いた席に腰掛けた。

善い行いかどうかはわからない。

それはその行いを受けた、本人にしかわからない。

 

 

女性は男性となにやら話をしつつ2つ先の駅で僕に会釈をしてから降りていった。僕も女性に会釈を返して扉が閉まり、電車はまた動き出した。

 

 

この瞬間、二人の姿に自分を重ねた。

自分もいつかはあのように腰を曲げて

共に長くダンスを踊ってきた人と電車に乗り

人生の機微について今夜の晩ご飯の献立を考えるのと同じくらいの気持ちで

話せたらいいなと考えていた。

 

 

想像もつかないことは何度も起きる。

良いことも悪いことも、何度でも。

だから、下手くそだが、いつまでもダンスを踊っていたい。

 

 

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もしもボケたら

 

 

 

 

 

 

 

 

介護施設で働いていた頃、毎週一回だけ終業後に勉強会があって参加していた。

 

ある日の勉強会で認知症になった人が

なぜ直近の記憶をなくして昔の記憶の中で生きているのかを話していた。

 

つまり、なぜ定年退職して20年経つのに仕事へ行こうとして家からいなくなったり

なぜもう家庭を持って家を出た息子のことを学校に行ったまま家に帰ってこないから探してくれと職員に泣きついて頼んだりするのか、ということだ。

 

彼ら彼女らに何度話しても信じてくれなかったり

また同じ説明を何回もしたりすることになるので

あまり真面目に応え続けるとこちらが参ってしまう。

 

だから話半分にその場限りの言い訳のような説明で諭してなだめたりご機嫌をとったり

そもそもそうならないように一日楽しく過ごしてもらえるように多くの人が懸命だった。

そして天気が悪くなる日や、ご家族と言い合いになったり

職員の対応の仕方が間違っていた日にはそうしたことが多く起きた。

これは奇妙かつどことなく納得いく。

 

 

色んな研究結果、色んな説がある中で社長が最近考えたことを話してくれた。

 

認知症における現実見当識の喪失あるいは低下は

もしかしたらその人にとって一番幸せな記憶

自分が自分であると思えていた記憶の頃まで遡り

その頃の世界で生きていたいからなんじゃないかということだった。

何年も前の勉強会だし、メモも何も残っていないのに

ずっと覚えているほどの衝撃的な考えだった。

なぜなのかわからないでいたことの説明がつくようだった。

 

 

僕は色々必要なネジが抜けているので現実のことをさておいて

楽しかったとか悲しかったとか

そうした過去の感情的記憶と空想の中でたびたび過ごしてしまう。

 

その記憶の中で生きるのに一番頼れるナビゲーターのようなものが

自分で撮った私的な写真らであることに気がついた。

すベて自分のために撮っている。だから続いている。

過去の記憶のなかに度々戻らないと気が済まないのは

自分だけの世界に浸っていられるのが好きだからだろう。

 

 

幸せであるには、自分だけしかおらず誰にも侵食されない過去の幸せな記憶の中で生きるのも時には大事だろう。

けれどもこと僕自身においてはしばらく過ごしたら戻ってきて欲しい。いっときならいいだろうけれど、そこにい続けても記憶は幸せにはさせてくれない。

 

 

忘れることは消えていくことではない、と心から言えたらどれだけいいだろうか。

近づく新月と低気圧のせいでまた思い出している。

いま僕がボケてしまったら、おそらくこの頃に戻ってしまうのだろう。

 

けれども願わくば、僕が歳をとってボケたときに思い出すのがこの頃ではなく

いつか過ごしてしまう、いつなのかわからない未来の時間であって欲しい。

そんな日が来るといい。

 

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展示の趣旨

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「夕暮れから夜明けまで」

 

 

海や沼のそばのような環境の中にいると

強く心を揺り動かされて感動するというよりも

自ずと深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出すような

安堵する気持ちを抱きます。

 

そしてそれは夜が訪れる前や

とっぷりと陽が暮れて空に星や月が輝く頃に

よくよく抱くものなのです。

 

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象徴としての自然をより掘り下げて考えていくと

これらの言葉がいま適しているように思える。

 

自然のなかにいるときに感じる

抱擁感のようなもの

それをこの先も表現していきたい

 

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僕は父と滅多に話さない。

 

母とはたびたび話すので

写真を撮っては母の日に贈ったりしているものの

父の日に父へ写真を贈ることもなかった。

 

 

これはいったいなんでだろうか。

 

 

僕も父になり、息子ができれば同じようなことになり

そのときの息子の気持ちも父の気持ちもわかってしまったりするんだろうか。

 

とにかくなんとなく、父と話すには僕はまだ幼い気がしている。

今日はその、僕と父との思い出について話したい。

 

 

父は仕事人間であり、子供のころ僕が起きているあいだに家で見かけることはほぼなく新卒で入社した会社にずっと勤め上げている。転職を繰り返してきた僕とは当然だけどまったく違う。

理系の国立大を首席で卒業したような人なので感覚で生きてきた僕とはそういう点でもまったく違う。

恐らく初めて付き合った女性である母と今も一緒にいるのでそういうひとりの人と一緒にい続けるという点でも違う。

父は社交的とは言いがたく、あらゆる付き合いを断るので同僚からは疎まれているようだし友人と呼ぶ人もいない。あっちこっち楽しそうな興味持てる人たちがいる輪の中に入りたがる僕とはこの点においてもまったく違う。

 

あらゆることにおいて、まったくもって、完膚無きまでに、徹頭徹尾違う。

ここまで違うと共通点は性別くらいしか見当たらない。

 

 

そんな父の仕事場へ小学生のころ遊びに行った思い出がある。

 

エンジニアである父はコテを使って基盤にハンダ付けをしたり、パソコンになにか入力しながらカタカタと仕事をしていた。

 

仕事場にはなんだかわからないような、いろんな機械があった。

夏季休暇中だからか人もいなくて薄暗い中

父の仕事が終わるまで会社の中をうろうろしたり

誰もいない空間の先にある大きな窓から

外の青い空や背の高い植木の青い葉っぱが見えて

外の明るさのせいで部屋の中はより暗く静かに見えた。

 

まったくもってそこは異次元のようだった。

 

エアコンも入ってなくて窓を開け放していた理科室の床みたいな仕事部屋(作業場)は静かで

パソコンの群れが放つ独特の匂いが漂い

ひんやりとしていた。

 

そこで時間を持て余した僕に父は、廊下の先にある自販機でおじさんのイラストが描いてあるマックスコーヒーを買ってくれた。

コーヒーなんて飲んだことがなかった僕にとって、はじめての缶コーヒーだった。

 

 

マックスコーヒーは練乳を加えてあるコーヒーなので

コーヒーとは名ばかりにとにかく甘い。

どちらかというとコーヒー牛乳だと思う。

 

けれど子供の僕にとってそれは大人が飲んでいるのに近い飲み物であり

なんだかおじさんのイラストと黄色いデザインがカッコいいし

香ばしさと甘さの組み合わせがとてもとてもおいしくてびっくりしたので父にせがみ

仕事が終わるのを待っている間に何本か飲んだ。

 

 

今はブラックコーヒーを好きになり

自分で焙煎済みの豆を買ってきて飲むようになったし

そもそもマックスコーヒーを街の自販機で見ることはなくなったので記憶の中だけのものになった。

 

 

先日の夜中、野宿と撮影をしに印旛沼へ出かけて

途中真っ暗な闇の中にある自販機で

たまたまマックスコーヒーに似た缶コーヒーを久し振りに買い

沼のほとりで周囲の虫の音を聴きながら飲んだ。

そこで途端に父の仕事場へ行ったときのことを思い出し

幾日か気持ちをあたためたのちに、これを書いている。

 

 

父を越えることなんてあるんだろうか。

あまりにも大きすぎる存在に思えてしまい、そんな日が来るとも思えない。

お互いはあまりに違いすぎるし

共通の趣味などもないので家庭の中にいる最も遠い存在にさえ感じる。

 

 

僕は父のようにはならないし、なりたくないし、なれない。

その上で望んでいるのは父のようにひとりの人と一緒にい続けることであり

さらにおそらく、父からよくやったなと褒められることかもしれない。

 

褒められるようなことがなんであるかはわからないし

そうしたことを言う人でもないので叶うかはわからないけれども

そのときようやく自分のなかにある父を越えられる気がする。

そして父も、それを望んでいるのではないかと今は思う。

 

 

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