依代

真冬に南房総の港町にあるお気に入りのペンションへ泊まりに行った。

ペンションの近くには美しい建築の写真美術館があり

そこにはこじんまりとした物販スペースもあった。

そこで買った本は何かを探している者に

なんらかの気づきを与えるような

しかし何の意味もないような

そうした話が書いてあった。

今またその本を読み返している。

なんども読んだ本なのでどんな話があるかはだいたい覚えているが

それでも読むたびに、自分が大切にしたいことを思い出すような

なんらかの気づきを得る。

 

こうして人が口にしたり本で読んだ他愛もない言葉に

なんらかの意味を見出して、いつまでも残っていることがある。

これらはどこで迷い込んだのかわからぬ

ポケットの中やリュックサックの底で

山の枯葉を見つけたときのように、唐突に意識へと昇る。

それはしばらく胸に留まりいつしか存在が薄まる。

しかし消えはしない。

太陽が沈んでも西の空に残照が照るように

燃え尽きた灰の中で木が赤く光っているように

消えたようでしっかりと残っている。

 

万物は、自らを依代としてなんらかの啓示を携えて現れ

様々な意味合いを込めて自分に投げかけてくる。

どう捉えるかはあなたの自由だから好きなように捉えてくれたまえ、と。

その依代の後ろに何を見るかもまた自由だが

僕はそこに神の存在を意識する。

 

その神の存在はまた自分が創り出すものであるから

神は自分の内にあることを現している。

神は常に自分と共にある。

だから自分を救えるのもまた自分しかいない。

そうした、歴然とした孤独に対して恐れをなし

向き合うことを避けようとするも

自分から逃げられる願いは死以外では到底叶わない。

 

この孤独を克服するでもなく

覆い隠すでもなく

共存をして生きたい。

それが願いである。

 

 

 

 

 

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